2024/11/27
再生医療は、これまで治療が難しいとされてきた疾患への新たな治療法として、大きな期待が寄せられています。
しかし、再生医療等安全性確保法の施行から5年が経過した現在、法律の下で行われている再生医療の中には、安全性や有効性に疑問が投げかけられているものも少なくありません。
2022年9月、京都大学iPS細胞研究所の研究グループは、再生医療等安全性確保法の下で提供されている細胞治療の実態調査の結果を国際学術誌に発表しました。
この調査では、法律の下で3,467件もの細胞治療が可能となっていたこと、その中には科学的エビデンスが不十分ながんの免疫療法なども含まれていたことが明らかになりました。
研究グループは、こうした状況が生じている原因として、再生医療等安全性確保法の構造的な課題を指摘しています。
本記事では、再生医療等安全性確保法の概要を説明するとともに、研究グループが指摘した法律の課題と、今後の展望について解説します。
再生医療は、iPS細胞などの幹細胞を用いて、失われた臓器や組織の機能を再生させる先進的な医療技術です。
これまで治療法のなかった難治性疾患に対する画期的な治療法として注目を集めており、今後の発展が大いに期待されているところです。
一方で、再生医療はまだ発展途上の医療技術であり、その安全性や有効性を担保するための適切な法的規制が求められています。
わが国では2014年に再生医療等安全性確保法が施行され、再生医療を提供する際の手続きなどが定められました。
しかし、法律の施行から5年が経過した今、法の下で行われている再生医療の中に、安全性や有効性に疑問符がつくものが含まれているという指摘があるのです。
再生医療の健全な発展のためには、再生医療等安全性確保法の課題を正しく認識し、必要な見直しを図っていくことが重要といえるでしょう。
再生医療等安全性確保法は、再生医療等の安全性の確保と、その迅速かつ安全な提供に必要な手続きなどを定めた法律です。
再生医療等とは、人の細胞に培養などの加工を施したものを用いて、疾病の治療や機能の再建を行うことを指します。
同法では、再生医療等の提供に際し、リスクに応じた計画の提出や細胞培養加工の基準遵守などを求めています。
また、再生医療等に用いられる特定細胞加工物の製造についても、一定の規制を設けています。
再生医療等安全性確保法では、再生医療等技術のリスクの程度に応じて、第一種、第二種、第三種の3つに分類しています。
この分類に基づき、再生医療等を提供する医療機関は、計画を厚生労働大臣に提出し、審査を受ける必要があります。
第一種再生医療等に分類される技術は、培養した幹細胞を用いるものや、遺伝子を導入した細胞を用いるものなど、リスクが比較的高いとされています。
一方、第三種再生医療等に分類されるのは、ごく少量の細胞を用いる技術など、リスクが低いと考えられているものです。
リスク分類に応じて、計画の審査を行う委員会も異なります。
第一種および第二種再生医療等の計画は認定再生医療等委員会が、第三種再生医療等の計画は特定認定再生医療等委員会が審査を行います。
再生医療等を提供する医療機関は、こうしたリスク分類に基づく手続きを経て、初めて再生医療等を提供できるのです。
再生医療等安全性確保法では、再生医療等に用いられる細胞や組織を加工したものを「特定細胞加工物」と呼び、その製造についても一定の規制を設けています。
具体的には、特定細胞加工物の製造を行う施設は、一定の基準を満たす必要があります。
例えば、清浄度を保つための設備や、品質管理のための手順書の作成などが求められます。
特定細胞加工物の製造を外部に委託する場合にも、委託先の施設が基準を満たしているかどうかを確認しなければなりません。
このように、再生医療等に用いられる特定細胞加工物についても、一定の品質を担保するための規制が設けられているのです。
再生医療等安全性確保法は、2014年の施行以来、再生医療等をめぐる状況の変化に対応するため、数回にわたって改正が行われてきました。
2017年の改正では、再生医療等を受ける患者に対する説明と同意の内容を、厚生労働省のホームページで公表することが義務づけられました。
これにより、再生医療等の提供の透明性が高まることが期待されています。
2019年の改正では、条件や期限を定めて再生医療等製品の承認を与える条件及び期限付承認制度が、再生医療等安全性確保法にも盛り込まれました。
この改正により、より迅速に再生医療等製品を実用化できる道筋がつけられました。
2022年4月には「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」等の改正が行われ、改正内容の一部が再生医療等安全性確保法にも反映されています。
再生医療等安全性確保法は、今後も再生医療等の進歩と社会情勢の変化に応じて、必要な見直しが図られていくことになるでしょう。
再生医療等安全性確保法は、再生医療等の安全性を確保しつつ、その迅速な提供を図ることを目的とした画期的な法律です。
しかし、法の施行から5年以上が経過した現在、いくつかの課題も指摘されるようになっています。
ここでは、再生医療等安全性確保法の抱える主な課題について説明します。
再生医療等安全性確保法の下で行われている細胞治療の中には、安全性や有効性の検証が不十分なまま実施されているものが少なくないことが指摘されています。
京都大学の研究グループが行った調査では、法の下で提供可能とされている3,467件の細胞治療のうち、約3割が科学的エビデンスの乏しい治療だったことが明らかになりました。
こうした治療の中には、培養した細胞を患者に投与するものや、がんの免疫療法など、リスクが高いと考えられるものも含まれていました。
本来、再生医療等安全性確保法は、このような検証不十分な治療を規制することを目的の一つとしています。
しかし、現状では十分な規制が行われているとは言い難く、患者の安全性が脅かされるリスクがあると言わざるを得ません。
再生医療等安全性確保法には、以下のような構造的な問題点があることが指摘されています。
再生医療等安全性確保法では、再生医療等を「治療」と「研究」に分けて規制していますが、その区別が曖昧であるという指摘があります。
本来、新しい医療技術は研究を通じて安全性と有効性を確認した上で、初めて治療として患者に提供されるべきものです。
しかし、再生医療等安全性確保法では、この研究と治療の区別が明確になっていません。
そのため、十分な研究が行われていない段階の技術が、治療として患者に提供されてしまう可能性があるのです。
再生医療の分野では、基礎研究から臨床応用への移行をスムーズに進めることが求められます。
しかし、そのためには研究と治療の区別を明確にし、それぞれに適した規制を設ける必要があると言えるでしょう。
再生医療等安全性確保法では、リスク分類に基づいて再生医療等の提供計画の審査が行われますが、この審査の仕組みにも課題があります。
現行法では、例えばごく少量の細胞を投与する場合など、リスクが低いとみなされる技術については、比較的簡易な審査で提供が認められることになっています。
しかし、たとえ投与する細胞の量が少なかったとしても、それが未確立・未検証の技術である場合、安全性のリスクは無視できません。
現在の法律では、こうした未確立・未検証の技術に対する規制が不十分である可能性が指摘されているのです。
再生医療には様々なアプローチがあり、一律のリスク分類では対応しきれない面があることは確かです。
しかし、患者の安全を何よりも優先するためには、リスク分類の在り方を含め、規制の仕組みを見直す必要があるのではないでしょうか。
再生医療等安全性確保法の施行から5年以上が経過し、法の課題も明らかになってきました。
しかし、こうした課題は再生医療の発展に伴って生じたものでもあり、前向きに捉えることも大切です。
ここでは、今後の再生医療の発展を見据えつつ、再生医療等安全性確保法の課題解決に向けた取り組みについて考えてみたいと思います。
再生医療等安全性確保法の抱える課題を解決するためには、法改正が不可欠であると考えられます。
特に、研究と治療の区別を明確にすることや、未確立・未検証の技術に対する規制を強化することは喫緊の課題と言えるでしょう。
また、再生医療等の提供体制の整備や、基礎研究から臨床応用へのスムーズな移行を促進するための仕組みづくりも求められます。
法改正には様々な利害関係者の調整が必要となりますが、患者の安全と再生医療の健全な発展のために、関係者が一丸となって取り組む必要があります。
近年、再生医療等安全性確保法の見直しに向けた議論が活発化しつつあります。
2022年6月には、再生医療等安全性確保法を含む関連法案が国会で可決・成立しました。
この法改正には、再生医療等製品の条件及び期限付承認制度の法制化など、再生医療等の実用化を促進するための内容が盛り込まれています。
今後も、再生医療等安全性確保法の課題解決に向けた法改正の動きが加速していくことが期待されます。
再生医療はまだ発展途上の医療分野であり、その安全性や有効性について、患者の理解は十分とは言えません。
再生医療等安全性確保法の課題を解決し、再生医療を健全に発展させるためには、患者への適切な情報提供が欠かせません。
医療機関には、再生医療等を提供する際、その内容や想定されるリスク、費用などについて、患者に丁寧に説明することが求められます。
同時に、再生医療等の安全性や有効性に関する最新の知見を、分かりやすく患者に伝える努力も必要です。
行政や関連学会などが連携し、患者向けの情報提供の充実を図ることも重要な課題の一つと言えるでしょう。
患者の正しい理解なくして、再生医療の健全な発展はありません。
患者の視点に立った情報提供の在り方を、社会全体で考えていく必要があります。
再生医療の分野では、日進月歩で新しい技術や知見が生み出されています。
しかし、こうした新しい技術を、安全かつ有効な医療として患者に提供するためには、しっかりとしたエビデンスの構築が不可欠です。
残念ながら、現時点では再生医療の分野でエビデンスが十分に蓄積されているとは言えません。
基礎研究から臨床研究、そして治療の実用化に至るまでの各段階で、エビデンスの構築と検証を着実に進めていくことが強く求められます。
この点で重要なのが、アカデミアと産業界の連携です。
基礎研究の成果を臨床応用につなげ、大規模な臨床研究を実施するためには、アカデミアと産業界が協力して、必要な体制とリソースを確保していく必要があります。
また、再生医療等の有効性や安全性に関するデータを集積し、広く共有する仕組みづくりも急務と言えるでしょう。
エビデンスに基づく再生医療を推進することは、患者の安全と再生医療への信頼を高めるために不可欠のプロセスなのです。
再生医療は、これまで治療法のなかった疾患に対する新たな治療の選択肢として大きな期待が寄せられています。
しかし、その一方で、再生医療は新しい医療技術であり、安全性や有効性を担保するための適切な法的規制が不可欠です。
日本の再生医療等安全性確保法は、再生医療等の安全性確保と迅速な提供の実現を目的とした画期的な法律ですが、施行から5年以上が経過し、いくつかの課題も明らかになってきました。
特に、安全性・有効性の検証が不十分な細胞治療の実施や、研究と治療の区別の曖昧さ、未確立・未検証技術の規制の不備などが指摘されています。
こうした課題を解決し、再生医療の健全な発展を実現するためには、法改正を含めた様々な取り組みが求められます。
法改正に向けた議論の加速化、患者への適切な情報提供の充実、エビデンスに基づく再生医療の推進など、様々な課題に社会全体で取り組んでいく必要があるでしょう。
中でも重要なのは、患者の安全を最優先に考えるという基本姿勢です。
法律の不備をついた悪質な治療や、検証不十分な治療が横行することがあってはなりません。
再生医療は、その性質上、幅広い専門分野の連携と、社会の理解が不可欠の医療分野です。
基礎研究から臨床応用、そして実用化に至るまでのプロセスを着実に進め、安全で有効な再生医療を患者に届けるために、再生医療に携わる全ての関係者が協力し、英知を結集していくことが何よりも重要だと言えるでしょう。
再生医療のもつ可能性を最大限に引き出し、多くの患者の健康と希望につなげていくために、再生医療の適切な法的規制の在り方を、社会全体で考えていきたいものです。
再生医療は、医学の新たなフロンティアであり、その発展は人類の健康と幸福に直結する重要な課題と言えるでしょう。
関係者の不断の努力と、社会の理解と支援があってこそ、再生医療の持続的な発展が可能となります。
日本から、再生医療の新時代を切り拓く取り組みが始まっています。
再生医療の健全な発展を通じて、より多くの患者に希望の光を届けられる日が来ることを心から願ってやみません。
吹田真一